FI(Financial Accounting/財務会計)は、SAPにおける財務会計を担うコアモジュールです。企業の財務取引を記録し、貸借対照表(B/S)や損益計算書(P/L)といった、株主や税務当局など社外の利害関係者に向けた財務諸表を作成することを目的としています。
ここで押さえておきたいのは、FIが「外部報告のための会計」を担当するモジュールだという点です。同じ会計でも、部門別の採算や製品ごとの原価といった社内向けの分析はCO(管理会計)の担当領域になります。FIとCOは扱うデータが重なるため「FI/CO」とまとめて呼ばれることも多いのですが、目的が外向きか内向きかという違いがあります。
リアルタイム転記という設計思想
SAPのFIを特徴づけているのが、リアルタイム転記です。仕訳を転記した瞬間に総勘定元帳の残高が更新され、財務諸表に反映されます。日次や月次のバッチ処理を待って集計されるのではなく、転記と同時に数値が確定する——この点が、伝統的な会計システムとの大きな違いです。
この設計により、月中の任意の時点で最新の試算表を確認できます。一方で、誤った伝票を転記すると即座に残高に影響するため、後述するように「転記済み伝票は直接修正できない」という厳格なルールとセットで運用されます。
複式簿記と借貸一致の原則
FIは複式簿記にもとづいています。すべての取引は借方と貸方の両面から記録され、1件の会計伝票の中で借方合計と貸方合計は必ず一致していなければなりません。金額が一致しない伝票は、SAPが転記そのものを受け付けません。
この原則は、複数通貨が絡む場合にも維持されます。外貨建ての取引であっても、会社コード通貨に換算した金額ベースで借貸が一致するよう、SAPが自動的に換算差額を処理します。
他モジュールからの自動転記
FIを理解するうえで最も重要なのが、他モジュールとの連携です。SAPでは、業務部門が行った処理が会計伝票として自動的にFIへ流れ込みます。経理担当者が手で仕訳を入力する場面は、実際の運用ではむしろ少数派です。
| 発生元 | 業務イベント | FIに立つ仕訳(概略) |
|---|---|---|
| MM(購買・在庫) | 入庫(GR) | (借)在庫 /(貸)入庫請求仮勘定(GR/IR) |
| MM(購買・在庫) | 請求書照合(IR) | (借)入庫請求仮勘定 /(貸)買掛金 |
| SD(販売) | 出荷・出庫 | (借)売上原価 /(貸)在庫 |
| SD(販売) | 請求書発行 | (借)売掛金 /(貸)売上高 |
| FI-AA(固定資産) | 減価償却実行 | (借)減価償却費 /(貸)減価償却累計額 |
| HR(人事) | 給与計算結果の転記 | (借)給与手当 /(貸)未払費用・預り金 |
表のうちMMの2行に注目してください。入庫の時点ではまだ請求書が届いていないため、買掛金を直接計上できません。そこでGR/IR勘定(入庫請求仮勘定)という中間勘定をいったん経由し、後日請求書が届いて照合された時点で買掛金に振り替えます。この仕組みにより、モノの到着と請求書の到着にタイムラグがあっても、期末時点の債務を正しく把握できます。
FIを構成するサブモジュール
FIは単一の機能ではなく、いくつかの領域に分かれています。総勘定元帳を中心に、取引先や資産ごとの明細を管理する補助元帳がぶら下がる構造です。
| 略称 | 名称 | 扱う領域 |
|---|---|---|
| FI-GL | 総勘定元帳 | すべての取引が集約される主要元帳。財務諸表の作成単位 |
| FI-AP | 買掛金管理 | 仕入先ごとの債務。請求書計上から支払処理まで |
| FI-AR | 売掛金管理 | 得意先ごとの債権。請求から入金消込、督促まで |
| FI-AA | 固定資産会計 | 資産の取得・減価償却・除売却 |
| FI-BL | 銀行管理 | 銀行マスタ、入出金明細の取込と処理 |
FI-APとFI-ARは補助元帳(Sub-ledger)と呼ばれます。仕入先ごと・得意先ごとの残高はここで管理され、その合計が総勘定元帳の「買掛金」「売掛金」といった照合勘定(Reconciliation Account)に自動的に反映されます。補助元帳と総勘定元帳が常に一致するよう、SAPが仕組みとして保証している点が重要です。
S/4HANAで何が変わったか
SAP S/4HANAでは、会計データの持ち方が大きく変わりました。従来のECCでは、FIの明細(BSEG)、COの明細(COEP)、新総勘定元帳の明細(FAGLFLEXA)などが別々のテーブルに保持され、モジュール間で数値を突き合わせる作業が必要でした。
S/4HANAではこれらがACDOCAという単一のテーブル(ユニバーサルジャーナル)に統合されています。FIとCOが同じ明細行を共有するため、両者の数値がずれるという従来の悩みが構造的に解消されました。集計テーブルも廃止され、必要な集計はその都度明細から算出されます。